労務事情2018年6月号掲載
[第8回](最終回)ハラスメント問題に対する組織的対応
はじめに
いままで7回にわたって、主に管理職層を対象に、ハラスメント問題を「あからさまなハラスメント」と
「グレーゾーン問題」に分けて、その捉え方と対処法、予防法について述べてきました。その内容は、職場を健全に運営する任務を負っている管理職にとって有用だと考えています。
ハラスメント問題は職場で発生するわけですから、職場を仕切っていく管理職としては、正しい認識と対処法、予防法を身に付けて、いざ問題に直面したら、そのつど適切にさばいて、社員が安心して働ける環境を維持していかなければならないからです。ただ、個々の管理職の努力だけでは限界があります。職場からハラスメント問題をなくしていくためには、会社としての組織的対応(図表1)が必須です。
最終回の今回は、ハラスメント問題を考える本シリーズの最後の課題として、「ハラスメント問題に対する組織的対応」について述べます。
「組織的対応」の具体的な項目は以下のとおりです。
1.あからさまなハラスメント(セクハラ・パワハラ)に対する懲戒処分
2.あからさまなハラスメント(セクハラ・パワハラ)の周知
3.『ガイドライン』の作成
4.戦略的な研修計画
以下、それぞれの項目について述べていきます。
組織的対応1.あからさまなハラスメントに対する懲戒処分
あからさまなハラスメント(セクハラ・パワハラ)は、たいていの会社では就業規則の懲戒事由に該当すると思われます。つまり、あからさまなハラスメントは職場の管理職が扱うべき問題ではなく、会社として対応すべき懲戒対象事案だということです。
ここでの留意点は、あからさまなハラスメントの行 為者の過去の実績、組織上の職制、実力者とのコネなどといった固有の属性によって、処分を見送ったり不 当に軽い処分で済ませたりしないということです。
そんなことをすると、当該行為者からの反発を避けることはできるかもしれませんが、それを見ている社員が会社に対して強烈な不信感を抱くことは必至です。そして、それが蟻の一穴となって、会社組織全体が崩れていくことにもなりかねません。
あからさまなハラスメントの行為者に対しては、適切かつ妥当な処分を粛々と行うことが肝要です。
組織的対応2.
あからさまなハラスメントの周知
第4回で述べているように、あからさまなセクハラの予防策としては「研修」がオーソドックスですが、あからさまなセクハラの行為者は、ある意味、非常に思い込みが激しく、自己を客観視しない(あるいは、できない)直情型の性格の人が多いので、そういう人は、研修の講義内容を理解してそれを自分の言動に当てはめ、自分を律するという効果はあまり期待できません。つまり、あからさまなセクハラの予防策としては、「研修」だけでは不十分なのです。
第6回において、基本的にすべてのパワハラ問題は
「業務の適正な範囲」についての個人の解釈・価値観のズレから生じるグレーゾーン問題であり、行為者の言動のなかに、たまたま厚生労働省(以下、厚労省)の「6類型」(①暴行などの「身体的な攻撃」、②暴言などの「精神的な攻撃」、
③無視などの「人間関係からの切離し」、④実行不可能な仕事の強制などの「過大な要求」、⑤能力とかけ離れた難易度の低い仕事を命じるなどの「過小な要求」、⑥私的なことに過度に立ち入る「個の侵害」)といったいずれかが含まれている場合、行為者の言動はあからさまなパワハラと認定されると述べました。
つまり、あからさまなパワハラの行為者は、自分では当たり前のこととして厚労省の「6類型」のいずれかを含む言動を取っているわけであって、前述のあからさまなセクハラの行為者と同様、非常に思い込みが激しく、自己を客観視しない(あるいは、できない)直情型の性格の人だということができます。そうすると、あからさまなパワハラの予防策としても、「研修」だけでは不十分なのです。
では、あからさまなハラスメントの予防策としては、「研修」以外に何が必要になるのでしょうか。私は、“事実をもって教える”というアプローチが必要だと考えています。
第4回で述べているように、あからさまなセクハラの典型である対価型セクハラは、“被害者vs加害者&会社”という図式でこじれることが多く、こじれると裁判に持ち込まれ、原告(被害者側)が勝って被告
(加害者および会社側)が負けるという判決が多く、そのような話題に対しては社会人の関心が高いため、雑誌やテレビ等のメディアで盛んに取り上げられます。その結果、多くの社会人の間で「対価型セクハラのようなことをやると裁判になり、裁判になると負ける」という事実が認識され、それが“心のブレーキ”として浸透し、対価型セクハラをやらかす直情型の性格の人も、行動を起こす直前に思いとどまるようになりました。
1980年代以前に比べると、現在では対価型セクハラの発生件数は激減しています。人は言葉によって多くを教えられますが、事実によっても強く教えられるものです。
この経験則を踏まえると、「社内で発生して懲戒処分に至ったあからさまなハラスメントの事実概要を周知することにより、非常に思い込みが激しく、自己を客観視しない(あるいは、できない)直情型の性格の人にも“心のブレーキ”を持たせる」というアプローチが必要かつ有効だと思います。
ここでの留意点は、あからさまなハラスメントの相手方(被害者)の心情でしょう。あからさまなハラスメントの事実概要は相手方のプライバシーに抵触する部分が多いので、周知する内容は事実概要の5W1Hすべてをつまびらかにする必要はなく、必要最小限の範囲や表現にとどめるように配慮すべきです。
また、相手方としては「事を大げさにしたくない」という気持ちが強く、事実概要の周知を望まないことが多いと思います。その心情は無視できません。しかし、周知することが予防策になることもまた無視できません。さらに、懲戒処分に至ったハラスメントの事実概要は周知しないとした場合、社員が「ウチの会社はハラスメント問題に対して弱腰だな」という印象を持ってしまう可能性もあるかと思います。その点を考慮して、「事を大げさにしたくない」と思う相手方に納得してもらうことが肝要です。
組織的対応3.
『ガイドライン』の作成
ここでいう『ガイドライン』とは、ハラスメントの グレーゾーン問題についての自社独自の判断基準を意 味します。
⑴ セクハラのグレーゾーン問題
まず、セクハラのグレーゾーン問題について考えてみましょう。実際の職場で発生するセクハラは、対価型セクハラおよび意図的セクハラ(=あからさまなセクハラ)よりも、無自覚セクハラ(=グレーゾーン問題)が圧倒的に多いはずです。そして、第4回で述べているとおり、無自覚セクハラについては、以下のような二段構えで認識し、対処することが必要です。
① ある言動に対して相手がセクハラだと感じたら、その言動はセクハラになると受け止める。
② ただし、相手がセクハラだと感じたことに客観的な合理性・妥当性がなければ、その言動はセクハラではない。
つまり、セクハラのグレーゾーン問題には、「セクハラになると認定すべき言動」と「セクハラにならないと認定すべき言動」とがあり、その分岐点は「相手がセクハラだと感じたことに客観的な合理性・妥当性があるか否か」なのですが、悩ましいのは、その合理性・妥当性の判断基準です。
最もわかりやすい端的な基準としては、「男女差別」と「悪感情」があります。
行為者の言動に男女差別を思わせる要素があり、相手がそれに反応して「セクハラだ」と感じたならば、そこに合理性・妥当性はあると判断できるので、行為者の言動はセクハラになると認定できます。一方、相手が行為者に対して悪感情を持っていて、それが理由で行為者の言動に対して「セクハラだ」と感じたならば、そこに合理性・妥当性はないと判断できるので、行為者の言動はセクハラにならないと認定できます。ただ、実際の職場で起こるグレーゾーン問題は、上述のように端的でわかりやすいケースだけではありません。
第4回で紹介した【Episode9:家族写真】のような、個人の価値観の相違から生じるグレーゾーン問題があるのです。
一般に、個人の価値観の相違から生じる対立は、当事者の話し合いに任せていても平行線に陥るだけなので、その対立を解決しようとすれば、当事者が納得し依拠できる客観的な根拠が必要となります。第4回で述べたように、ファッションの好みは人それぞれであって、どのようなファッションにも善し悪しや正邪はありませんが、「葬式に参列する」という客観的な根拠があれば、おのずと「正しい服装」が決まってくるのです。
では、セクハラのグレーゾーン問題に関する客観的な根拠というものがどこかに定められているのかというと、どこにもないのです。セクハラのグレーゾーン問題は職場で発生する問題ですから、それを解決するための客観的根拠は職場(会社)でつくっていかなければならないのです。
⑵ パワハラのグレーゾーン問題
次に、パワハラのグレーゾーン問題について考えて みます。これは、セクハラのグレーゾーン問題に比べれば単純な話です。
第6回で述べているとおり、パワハラとは「業務の適正な範囲」を逸脱してプレッシャーを与えることであり、行為者の言動が「業務の適正な範囲」に含まれるのであれば、それはパワハラではないと認定され、
「業務の適正な範囲」から逸脱しているのであれば、パワハラになると認定されます。
したがって、パワハラのグレーゾーン問題の判断基準は「業務の適正な範囲」のみなのですが、悩ましいのは、「業務の適正な範囲」をどのように解釈するかなのです。行為者の言動のなかにたまたま厚労省の
「6類型」のいずれかが含まれていれば、それは「業務の適正な範囲」から逸脱していると判断できるので、行為者の言動はあからさまなパワハラと認定されますが、いわばそれは例外であって、基本的にすべてのパワハラ問題は、「業務の適正な範囲」についての個人の解釈・価値観のズレから生じるグレーゾーン問題なのです。
第6回で述べているとおり、「業務」とは、たとえば、仕事の段取りを組む、必要な事柄の実行を指示、命令する、仕事のやり方を示して指導する、間違ったことをしている人に注意して正しいことを促す、報・連・相をする、報・連・相を受ける、知恵を出し合う、協力を要請する等、企業で働く人が日々こなしているこまごまとした「仕事」の総称であり、「適正な範囲」とは、個々の仕事の目的を達成するために必要
/有益な方法であることを意味します。
それを踏まえてさらに具体的に考えると、「業務=こまごまとした仕事」は会社によって違うし、同じ会社でも部署や職場によって違います。また、「適正な範囲=仕事のやり方」も同様に、会社によって、同じ会社でも部署や職場によって、さらに時代によっても違ってきます。つまり、「業務の適正な範囲」という事柄の具体的内容あるいは解釈というものは、法律のように定められているものでもなく、何かの書籍で解説されているものでもなく、役所や弁護士などから与えてもらうものでもありません。職場で働く者同士のコンセンサスでつくり上げていくものなのです。
⑶ ま と め
以上をまとめると、以下のようになります。
● セクハラのグレーゾーン問題を職場で解決するための客観的根拠は、職場(会社)でつくっていかなければならない。
● パワハラのグレーゾーンの判断基準である「業務の適正な範囲」の具体的内容あるいは解釈は、職場で働く者同士のコンセンサスに基づいてつくり上げていかなければならない。
これは個々の管理職が対応できる事柄ではなく、まさに組織として取り組まなければならない事柄でしょう。その取組みの概要は、おおよそ以下のようになります。
① 担当部署を決める。
② 職場で生じているハラスメントのグレーゾーン問題を担当部署に集約する仕組みをつくる。
③ 担当部署が個々のグレーゾーン問題について事実調査を行い、ハラスメントと認定すべきか否かの「結論と理由」を文書化する。
④ それを紙媒体または電子媒体にまとめて定期的 (年1回~2回)に社内に周知する。
セクハラのグレーゾーン問題を職場で解決するための客観的根拠も、パワハラのグレーゾーンの判断基準である「業務の適正な範囲」の具体的内容あるいは解釈も、一朝一夕にはつくれません。より多くのグレーゾーン問題についての「結論と理由」の積み重ねによってつくり上げられるものなのです。ここで肝となるのは、おそらく②でしょう。
あからさまなハラスメントについては、相手方や周囲の人は担当部署に「通報」するという行動を考えるでしょうが、グレーゾーン問題については、当事者の頭のなかでその事態がハラスメントになるかどうかが明確に結論づけられていないので、そもそも担当部署に通報するという発想を持たないのが一般的です。しかし、前述のように、より多くのグレーゾーン問題についての「結論と理由」の積み重ねが必須なので、職場で働く社員に対して、いかにしてグレーゾーン問題の通報を意識付けるかが肝要です。
グレーゾーン問題の判断基準とは
組織的対応4.戦略的な研修計画
前述の組織的対応2.において、あからさまなセクハラの予防策としては「研修」だけでは不十分だと述べましたが、それはあくまでもあからさまなセクハラの予防策としてのことであって、ハラスメント対策としては「研修」は必須のものです。
ただし、企業活動において「研修」は多大な投資活動であり、ハラスメント研修を効果的な投資活動にするためには、以下の点を踏まえなければなりません。まず、ハラスメント研修は知識習得型研修ではなく意識醸成型研修だという点です。
知識習得型研修では、テーマとなっている事柄の論理を理解し暗記するのが目的です。したがって、テーマとなっている事柄の専門家・資格者を講師とすることも妥当だし、e-ラーニングも効果的でしょう。それに対して意識醸成型研修では、テーマとなっている事柄について自ら考え納得し、自分の行動の基礎となる心構えを養うのが目的です。それゆえ、専門家・資格者を講師とすればよいということもなく、e-ラーニングも効果的とはいえません。また、意識醸成型研修の目的を踏まえれば、ハラスメント研修においては、講義を聴くだけではなく、グループ討議という手法を用いて、講義内容に基づいて自ら考え、他者との意見交換を通して認識を深めることがきわめて重要です。
次に、ハラスメント研修は階層別に行い、どの階層にも共通する内容によりハラスメントに関する社内の共通認識を確立することと、それぞれの階層の特徴・役割に応じた個別の内容により具体的な取組みを認識させることが肝要です。
どの階層にも共通する内容とは、おおよそ以下のような内容です。
● ハラスメントの本質論
● セクハラ・パワハラの定義の正しい理解と自己流解釈の払拭
● あからさまなハラスメントとグレーゾーン問題
それぞれの階層の特徴・役割に応じた内容とは、おおよそ図表2のような内容です。
このうち、管理職対象ハラスメント研修が最も重要であり、質量ともに充実させることが肝要です。また、意外と盲点になるのが役員対象ハラスメント研修でしょう。研修を企画する部署の担当者も、そして役員自身も、ハラスメント問題は現場(職場)の問題であって、現場(職場)の職制ラインから離れている役員にとっての研修テーマとはなりにくいというイメージを持っている可能性が高いと思われます。しかし、ハラスメント問題はその会社の社風・組織体質によるところが多くを占めます。社風・組織体質は役員クラスの思想や認識で決まる部分が大きく、したがって、役員クラスがハラスメント問題に無関心だったり古い常識のままだったりすると、その会社の職場にはハラスメント問題がはびこることになりかねません。ハラスメントのない働きやすい職場を目指すならば、役員対象ハラスメント研修を確実に実施することが肝要です。
最後に、図表2にはありませんが、補足としてハラスメント問題の担当部署に対する研修についても述べておきます。
あからさまなハラスメントの問題がこじれると、相手方から行為者および会社に対して不法行為責任および使用者責任に基づく損害賠償請求の裁判になる可能性があります。したがって、ハラスメント問題の担当部署には、ハラスメント問題の法律的側面についての研修が必要になってきます。
また、筆者の経験上、パワハラだと非難された出来事のなかには、労基法の問題が意外と多いと思われます。たとえば、休憩時間に仕事を言いつけられた、休暇申請が認められたにもかかわらず休暇当日になったら出社を要請された、などの出来事です。当事者としては「ご無体なことを強要された」と感じて「パワハラだ」というわけですが、出来事の子細をみると、休憩の自由利用の原則の違反だったり、有給休暇に対する使用者の時季変更権の濫用だったりする可能性が強いわけです。
つまり、パワハラになるか否かを考える よりも先に、法令違反になるか否かを考えなければな らない事態があるということです。
したがって、ハラスメント問題の担当部署には、労 基法の知識に基づいて、パワハラ問題と法令違反問題 を見分ける視点を学ぶことも必要になってきます。
アーサーアンダーセン、アンダーセンコンサルティング、リシュモンジャパン株式会社等の外資系企業の総務・法務部で契約書作成・レビューを中心とする企業法務業務に従事。その後、KPMGあずさビジネススクール株式会社で研修講師を務め、現在は株式会社インプレッション・ラーニングにおいてコンプライアンス、企業法務を中心とする講師を務める。主な著書として、『現場で役立つ !ハンコ・契約書・印紙のトリセツ』『現場で役立つ !セクハラ・パワハラと言わせない部下指導』(日本経済新聞出版社)等。